紙媒体の同人誌作りをする上で欠かせないのが、印刷所さんへの依頼です。
「同人誌印刷」と検索をすれば手軽に各社さんの情報やノウハウが手に入れられ、webだけで簡単に発注も済んでしまう現在。しかしそれだけに、実際にお仕事をされている生の声を聞く機会は減ってきていると感じます。
そこで今回は、STARBOOKSさん(スタブさん)にお邪魔して、印刷にまつわることから同人誌業界のことまで、スタブさんとしての本音をたっぷりとお聞きしてきました。冬コミの準備で慌ただしくなり始めの11月末、貴重なお時間をいただいてのロングインタビューとなりました。
お話を伺ったのは、STARBOOKS部長の山内さんと、オフセットご担当の佐藤さんです。
※この記事は2ページに分かれています※
取材協力:株式会社明光社 STARBOOKS(東京・文京区白山)
https://www.starbooks.jp/
印刷所さんとの付き合い方について
――初心者や紙媒体での印刷に慣れていない人の場合「こんなことを聞いたら失礼かな」「初心者すぎて恥ずかしい」と思ってしまうこともあります。どこまで質問したり、相談をしてもいいものなのでしょうか。
何でも聞いていただけたらと思います。こういうことを聞かれたら困るな、ということはありません。
例えば「こんな仕様はできるの?」ということも、できることとできないことは、はっきりとお答えしています。特に、特殊な加工や装丁に関しては、お受けできても、お客様が考えていらっしゃるよりも加工に時間がかかることもあるので、事前にご相談をいただければと思います。
――装丁に悩みながらも発注して仕上がりを受け取り「ああっ!」ということはあるのですが、時間の余裕がある限り質問や相談をした方がいいんですね。
そうですね。当社では、機械の組み合わせ上できない加工や、用紙と箔の相性が悪いものなどに関しては、発注フォーム入力の段階でエラーが出るようにしています。
実際の仕上がりを見て「これにこれを組みあわせるとこうなるんだな」ということを知るのは、本作りをする上で得られる大きな経験だと感じますが、「思っていたのと違った」「やり直したい」と思ってしまうよりは、事前にご相談やご質問をいただくことでリスクが回避できることもあります。小さなことでも、分からないことは何でも聞いてください。
イメージがわきやすいように、サイトで、用紙の見本画像や実際に本にされたサンプルも載せていますので、ぜひ参考になさってください。(※用紙見本一覧の一部)
――STARBOOKSさんのサイトは情報量が多く、箔や用紙の見本も本当にたくさんありますよね。
加工も含めて、手の内にあるものは全部見せてしまおうと(笑)加工や用紙などに関しても、選択肢の幅を広げて、多くのものの中から選んでいただけるようにしています。しかし逆に「多すぎて何を選んだらいいか分からない」というお声をいただくこともあります。
特に初めての方の場合は、テンプレートの基本セットのようなものがあった方が良いのかなと考えることもあります。
――基本セットにプラスしてカスタマイズしていく楽しみを覚えていかれると良いですね。
- WEBで調べても、サイトのQAを見ても分からないことは、何でも遠慮せずに質問してみよう!
- こんなことをしてみたい!という希望や要望があったら、早めに相談してみよう。
- 紙見本や刷り見本があると、実際のイメージがわきやすい!手持ちの同人誌の装丁もぜひ参考に。
――STARBOOKSさんは、原稿の不備を細かく見てご連絡を下さるのですが、チェックの項目や精度などは各社さんによって異なりますね
これは、各社さんごとに考え方が異なる大きなポイントだと考えます。データであれば、当社でも基本的には「いただいた完全データ原稿を印刷してお届けする」がスタンスです。
しかし例えば、不備や気になる点のご連絡をすれば、それは次の本を出されるときにはその不備はなくなっていくわけです。ひとつの経験ですよね。どんどん経験を積み重ねていっていただければと思います。
当社では、印刷をする上での不備の他、例えば文字が切れる、ノドにかかって見えづらくなる、などの原稿のチェックを、気づいた範囲のサービスでおこなっています。
しかしそれは、人の目で、なおかつスケジュール内でのことなので、原稿のチェックはオプション的なサービスです。やはり前提としては、完全原稿でのご入稿をお願いしています。
しかし「完璧なデータを入れないと印刷所に多大な迷惑と嫌な思いを…」ということはありません。そこは、明文化していないのが良い面であり、各社さんの違いでもあると考えています。
- データの不備のチェック・連絡は、あくまでも各印刷所さんのサービスによるもの!
- 入稿する際に用意されていることの多い「チェックシート」などを活用して、できるだけ不備の無い原稿を入稿するようにしよう!
- 同じ不備は繰り返さない!
同人誌業界のはやりや流れ、忙しさについて
――例えば2018年末の現在ですと、漫画はB5、小説はA5というのが主流になっていますが、最近はA5の漫画、文庫サイズの小説を多く見かけるようになってきました。体裁の他にも「特殊紙がはやっているな」など流行を感じることはありますか?
そういえば、漫画はA5がまた少し増えてきたように感じます。文庫の小説も多いですね。用紙や印刷の方法・インクなどに関してでは、短いスパンでの流行は確かに感じます。
例えば、今回は蛍光インキが多い、特色インキが多い、このイベントではやたらとこの用紙での入稿があるな、と思ったら次のイベントでは全くない、というような。たまたまなんでしょうか?(笑)
――10年ほど前とは、一年を通しての同人誌イベントスケジュールがだいぶ変わってきているように感じます。印刷所さんもやはり、年中忙しいのでしょうか?
変化は感じます。特に先日の赤ブーさんのイベント(2018年11月24日のTOKYO Fes 15900sp)は例年11月開催ではない規模でしたので、予想外の忙しさでした。
また、イベントの数も増えているので、常に忙しい状態ですね。作家さんたちも大変ではないかな、無理はされていないかなと感じることもあります。
年中同じように忙しければ、印刷会社としても、設備を投入して人員を確保して、忙しさに備えることができます。これが今後何年も同じように続けば、仕事の波も分かりやすいのですが、先日のTOKYO Fesのように大きなイベントがイレギュラーに入ってくると、人員の組み方や設備投資に悩みますね。
しかし忙しいというのは、それだけ信頼をいただけている証拠だと思いますので、それに応えていきたいと考えています。
――年々、印刷の納期が短く(=イベント合わせの締め切りが遅く)なってきていると感じます。
オンデマンド印刷の台頭や、新規業者の参入などによるところもあると思います。インパクトはやはり、納期の短さと価格になりますので、その競争がかなり激しいですね。オフセット印刷も、機械が止まったらおしまいというギリギリのところまできています。
納期に余裕を持って入稿して頂ければ、その分、印刷所も加工も含めて余裕を持っていい仕事ができます。より良いものを作るためには、やはり適切な納期が必要です。時間は、コストや品質と大きく関わってきますので、あればあるだけ助かります。
お仕事をする上で・お仕事の中でのこと
――大変だったけれどもやりがいがあった、忘れられない、などのエピソードがあったら教えてください。
加工と製本をシビアに合わせないといけない仕様のご依頼や、やったことの無い仕様のお仕事は「難しいな!」と思うと同時に、思惑通りにうまくできあがった時、とても嬉しく思います。やっている最中は苦しいですが(笑)
できあがると、忘れられないお仕事になりますね。また、多くのご依頼をいただいたイベントの、すべての本が仕上がったときは「やりきったな」と感じます。
――特殊で難しい仕様のお仕事は、やっぱり時間をかけたいですよね
加工に関してかかる時間は、作業をしている時間だけではありません。どのように作業をすればその加工がうまくいくのか、その前に、やったことが無いケースでは、できるのかできないのかの判断をする時間も必要になります。
通常業務の中でいかにこなすか、というところにかかってくるのですが、やはり、いい仕事をしたいので、できるだけ納期に余裕を持って入稿していただければ助かります。
用紙の選択も含めて、事前にプロトタイプ(模型・モデル)を作られる方はほとんどいらっしゃらないと思います。
例えば「こういう加工にして、この紙にして本を作った場合、開きは?読みやすさは?重さは?」ということを考えながら仕様を決めることで「本」としてのデザインが決まってきます。
例えば女性であれば、段ボールを運んだり、本を出し入れするときに、重さも気になりますよね。表紙のデザインだけではなく、用紙も含めてそういった「本」という形になったときのことを知らせて差し上げることも、今後必要かなと感じています。
オフセット印刷とオンデマンド印刷について
――オンデマンド印刷の品質向上により、部数によってはオフセットと比べてどちらを選ぶのかの選択が難しくなっていると感じます。
そうですね。オンデマンドは本文・表紙ともにテカりが少なくなるなど、どんどん品質が向上しています。そうなると決め手はやはり、納期と、両方で見積もったときの価格でしょうか。
オフセットとオンデマンドで悩んだとき、部数にもよりますが「オンデマンドの方が安いな」となった場合、浮いた予算でそこに例えば箔押しなど、加工をひとつ足す、ということもできますよね。
昔はオンデマンド印刷は、表裏を合わせるのがとても大変だったのですが、最近では表裏いっぺんに印刷ができる機種も出ています。ますますオフセットとの差が小さくなっていますね。
- 同じ条件で値段を出してみる
- 納期・締切を確認する
- 特殊な装丁の場合は、印刷機が対応しているのか確認する ※オンデマンドでは不可、ということもあります
- 表紙の色味・グラデーションの再現などが気になるときは、時間に余裕を持った上で事前に印刷所さんにデータを見てもらうのもオススメ
STARBOOKSさん独自のサービス・システムについて
――STARBOOKSさんといえば「毎割」ですが、どういった経緯で導入されたのですか? ※「毎割」…割引率が異なる締切がほぼ30日間毎日設定されている入稿締切システム
例えば月曜が通常締切だったとして、その前の週の木曜が5%割引、その前の月曜が10%割引、のように締切を設定されている会社さんが多いと思います。
しかし書き手さんによって仕上がるタイミングは違いますよね。早割には間に合わなかったけれども通常入稿日には早い…
――あります。あと5時間あったら早割に間に合ったのに「次は3日後か、もったいなかった、次の締切まで余っちゃったなぁ」ということが…
そんな時、毎日割引率の違う締切日があれば、仕上がったタイミングで入稿ができる、と思いました。書き手さんは自分のタイミングで入稿ができて、印刷会社としては設定した締切日にドカッと入稿が来ることなく、入稿がバラけるので余裕を持てます。
また、当社は予約制度です。「予約は不便だ」という声もいただいていますが、お客様は予約をされていることで安心ができ、当社は入稿量が把握できるので、突然の大量入稿で慌ててしまう、ということになりません。大変お手数なのですが、ご理解いただければと思います。
――STARBOOKSさんは、イベント当日にフォローアップでサークルさん回りをされていますよね。
イベントの規模などにもよるのですが、できる限り伺うようにしています。本を搬入し終わって、お客様がその後にいらっしゃいますから、ダイレクトに声をいただける貴重な機会ですよね。納品した本や、加工に関しての相談などをしていただけることもあります。
疑問やご質問なども、その場で答えられるものは答えるようにしています。やはり、仕上がりをどう思っていただけたかは気になります(笑)
――月曜から土曜まで印刷をして、日曜日にイベント搬入とフォローアップとなると、お休みが無いと思うのですが…
そうですね。毎週のようにイベントもあり、ありがたいことにご依頼もたくさんいただいているので、社員全員が休む定休日というのが作れない現状です。そのため、シフトで回すようにしています。
お客様は、平日は仕事なので土日でないと連絡ができない、という方もいらっしゃいますし、特に日曜日は納品であるイベント当日なので、連絡がつくようにはしています。
――STARBOOKSさんでは、例えば金銀やメタリック、蛍光トナーなど、新しいオンデマンドの印刷に素早く対応されていますが…
いろいろな印刷を試して頂けるように、各メーカーさんの新しいオンデマンドの機械を購入して、設備投資をしています。RGB再現重視印刷、蛍光ピンク対応なども、それができる機械があってのことです。オンデマンドの機械の進化が早いので、どんどん新しいものを投入して対応していきたいですね。
――STARBOOKSさんの段ボールは可愛いと評判なのですが、どのようにしてあのデザインになったのですか?
同人誌の印刷を始めて、そろそろオリジナルの箱を作ろうかとなった時に「家族に内緒で活動をしている」という声をちらほらと聞きまして、じゃあ、印刷会社だと分からないようにしてみようかと。
けれども、会場でぱっと見て当社の箱だと分かってもらえるようにはしたかったんです。そこで女性スタッフに相談の上、ああいうデザインになりました。ちなみに、オフセットでの納品のときは、社名なしのシンプルなダンボールです。
――「あまり知られていないけれども推したい」というサービスや商品はありますか
当社でできることはすべてサイトに載せてしまっているので、隠し玉的なものはありません。用紙や加工の種類をたくさんご用意していますので、いくとおりもの本作りを気軽に楽しんでいただければと思います。例えば箔押しですね。少し敷居が高いと思われがちな加工ですが、たくさんの箔の種類をご用意しています。(※箔見本の一部)
――今後「こうしていきたいな」と考えていらっしゃることはありますか
当社でできることはすべて公開をした上で、発注はWEBで簡潔に、ですね。できること、選べることは多く、間口を広くして、たくさんのことから選んでいただけるようにと考えています。
それから、お客様と、良い意味で対等になっていかれればと思っています。作品を形にするお手伝いをしている仕事ですが、より良い作品と、それから同人誌作りを、お互いに無理のないように一緒に作って行かれたらいいなと。
例えば「思っていたのと違うな」と感じられることがあったり、万一印刷に不備があったとしても、それを伝えずに飲んでしまうお客様も中にはいらっしゃると思います。しかしそれは、そのままにしておけば改善ができません。細かいことでも気づいたことは伝えていただければ、サービスの改善・向上のきっかけになります。
お客様と印刷所という意味では、もちろんお客様の方が立場が上なのですが、ただそれだけではなく、作品を世に出すためのパートナーのような距離感でお付き合いをしていかれたらいいなと思っています。
――クレームや要望の他にも、良いことも伝えてもらえたらもちろん嬉しいですよね
それはもちろん非常に嬉しいです。ご利用後に、わざわざ作家さんがSNSなどで感想を発信してくださったりしているのを見ると、やってよかったなと実感します。
当社に依頼してよかった、と気持ちを表してくださるものはきちんと見ていますし、アンケートももちろん読んでいます。それに対しては、サービスと品質の向上という形で応えていかれたらと考えています。